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大阪地方裁判所 昭和51年(わ)1629号 判決

被告人 北戸義信 外二名

主文

被告人北戸義信を罰金一〇万円に、被告人田中春夫、同上地和雄をいずれも罰金五万円にそれぞれ処する。

被告人らにおいてその罰金を完納することができないときは、いずれも金五〇〇〇円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は被告人三名の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人三名は、いずれも社団法人全日本検数協会大阪支部の従業員で、同支部の従業員の一部をもつて組織する全日本港湾労働組合関西地方本部築港支部全日検分会所属の組合員であり、被告人北戸義信は同支部書記長兼同分会長、被告人田中春夫は同支部執行委員兼同分会常任執行委員、被告人上地和雄は同分会海上ブロツク職場委員であつたものであるが、被告人らの所属する右全日本港湾労働組合等で組織する全国港湾労働組合協議会ではかねてより港湾労働者の年金制度の確立を目ざして全国の港湾運送業者等の団体である社団法人日本港運協会(以下「日港協」という。)との間で団体交渉を重ねるなどしてきたが、右年金制度に関する日港協の回答を不満として昭和五一年四月一〇日から四八時間にわたり荷役業務の一切を中止するいわゆる全港ストライキを行うこととし、被告人らはいずれも大阪港における右ストライキに参加していたものであるところ

第一  昭和五一年四月一〇日午前一一時すぎころ、大阪市此花区梅町一丁目一番地所在の大阪港梅町桟橋に係留接岸中のパナマ船籍のリーゼントアザリア号(約一万五九二二トン)において、桜島埠頭株式会社及び埠頭興業株式会社が同桟橋上に架設された起重機を用いて同船に積載中の工業用塩の荷揚作業を行つていることを認めるや、同船に乗り込み船長に面会して、全港ストライキへの協力、荷揚作業の中止を要求しようと考え、右ストライキに参加している組合員約七〇名と共謀のうえ、同船船員らの制止を突破して船長金圭洙の看守する右リーゼントアザリア号に乗り込み、もつて故なく人の看守する艦船に侵入し

第二  右犯行後の同日午前一一時五五分ころ、前記梅町桟橋の内堀に係留接岸して前記起重機のうち海上二号機により前記リーゼントアザリア号から工業用塩を搬入積載中の小型貨物船宝寿丸(約一七六トン)の船長に右ストライキへの協力を求める前提として右積荷作業をいつたん中止させる目的で、右ストライキに参加している組合員約七〇名と共謀のうえ、船長小田正夫の看守する右宝寿丸に乗り込み、もつて故なく人の看守する艦船に侵入したうえ、同船に積載中の工業用塩の上に坐り込み、組合旗を立てるなどして気勢をあげ、その結果おりから右起重機を操作して右リーゼントアザリア号から宝寿丸に対する工業用塩の荷揚作業に従事中の桜島埠頭株式会社及び埠頭興業株式会社の従業員らの右起重機操作を約二〇分間にわたり停止させ、もつて威力を用いて右両会社が行う荷揚業務を妨害し

たものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人三名の判示第一の所為及び判示第二の所為のうち艦船侵入の点はいずれも刑法六〇条、一三〇条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に、判示第二の所為のうち威力業務妨害の点はいずれも刑法六〇条、二三四条、二三三条、罰金等臨時措置法三条一項一号にそれぞれ該当するところ、被告人三名の判示第二の艦船侵入と威力業務妨害との間には手段結果の関係があるので、刑法五四条一項後段、一〇条によりいずれも一罪として犯情の重い威力業務妨害罪の刑で処断することとし、被告人三名の判示第一、第二の各罪についていずれも所定刑中罰金刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四八条二項により各罪所定の罰金の合算額の範囲内で、被告人北戸義信を罰金一〇万円に、被告人田中春夫、同上地和雄をいずれも罰金五万円にそれぞれ処し、被告人らにおいてその罰金を完納することができないときはいずれも同法一八条により金五〇〇〇円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条により被告人三名に連帯して負担させることとする。

(弁護人の主張に対する判断)

一  被告人三名の弁護人は、本件は港湾労働者に対する港湾年金制度の早期実現を主たる目的とする全国港湾労働組合協議会(以下「全国港湾」という。)の全国統一行動の一環として行われた大阪港における全港ストライキに際し、他の荷役業者らはすべて荷役作業を中止しているにもかかわらず、桜島埠頭株式会社(以下「桜島埠頭」という。)及び埠頭興業株式会社(以下「埠頭興業」という。)の二社のみが荷役作業を強行するなどのスト破り行為に出たことから、右ストライキに参加していた被告人三名が他の組合員らとともに右両会社に対しては直ちに荷役作業を中止するよう、またリーゼントアザリア号(以下「リア号」という。)及び宝寿丸に対しては右両会社のスト破り行為に協力ないし加担しないようそれぞれ説得要請したにすぎないのであつて、その目的、態様及び行為の影響等のいずれの点からみても社会的に許容された限度を超えておらず、従つて、被告人三名の本件各所為は正当な争議行為として労働組合法一条二項により違法性が阻却され、無罪である旨主張するので、以下この点について当裁判所の判断を示すこととする。

二  被告人三名の本件各所為は、これを刑法に照らすと、形の上でそれらが艦船侵入、威力業務妨害の各構成要件に該当するものであることは証拠上明らかであるところ、右各所為が労働組合法一条二項により正当な行為として違法性を阻却されるためには、争議目的自体が正当性を有すること、右各所為が争議行為に際して行われたものであること及び右各所為が目的達成の手段方法としての具体的な行為態様としても正当性を有するものであることが必要であるが、本件証拠上、全国港湾のした昭和五一年四月一〇日からの全港ストライキが、港湾労働者のための年金制度の早期実現を目的としたものであつたことは明白であるから、右ストライキが労働組合の行為としての目的の正当性を有するものであつたことは疑いを入れない。

そこで、被告人三名の本件各所為が争議行為に際して行われたものであつたかどうか、また、右各所為が目的達成の手段方法としての具体的な行為態様としての正当性を有するものであつたかどうかを検討することとする。

三  まず、被告人三名の本件各所為が争議行為に際して行われたものであつたかどうかについてみるに、被告人三名の本件各所為は全国港湾の全港ストライキ中に荷役作業を行つた所に押しかけて艦船に乗り込んだり、荷役作業を妨害したというのであるが、一般的には、労働組合のストライキ中に使用者側が労働組合に加入していない労働者等を用いて業務を行うと、ストライキの効果が著しく減殺されるので、これを防ぐためストライキ参加者において使用者側に業務の中止を説得要請したり、あるいは就業しようとする(している)労働者等にストライキへの参加や協力を説得要請したりすることも、ストライキに附随する重要な補助的争議行為といいうるので、そのために一定の限度で使用者等の施設などの一部に立入つたり、説得要請のため必要かつ適切な限度内で使用者側の行う業務を制止したりすることも、争議行為に際して行われたものということができるが、本件証拠上、桜島埠頭及び埠頭興業と被告人三名及び当日被告人らと行動をともにした組合員らとの間には全く雇傭関係はなく、桜島埠頭及び埠頭興業の従業員の中に全国港湾傘下の労働組合に加入している者もいなかつた事実が認められるので、この点だけからみると桜島埠頭及び埠頭興業が全国港湾のストライキ中に荷役作業を行つたことをとらえてすぐさまいわゆるスト破り行為と評価し、被告人らのこれに対抗しての本件各所為を争議行為に際して行われたものということは困難である。しかしながら、さらに証拠を検討すると、本件まで年金制度に関する団体交渉は全国港湾と全国の港湾運送業者やその使用者団体によつて組織されている日港協との間で行われてきたこと、桜島埠頭は日港協の特別会員である埠頭会の一員であり、埠頭興業は日港協傘下の地方組織である大阪港運協会の会員であるとともに日港協の会員でもある大阪沿岸荷役協会の一員として、いずれも日港協と関係を有していたこと、本件以前に全国港湾と日港協との間の団体交渉により妥結した港湾労働者の労働条件に関する各種の取り決めについては桜島埠頭や埠頭興業もこれを尊重してきたことなどの事実が認められるうえに、港湾における労働が分業化した企業の有機的な結合の下でなされているため、港湾労働者の労働条件も個々の企業内における交渉によつては決定されず、使用者団体である日港協との交渉によつてはじめて実質的に決定される現状にあることも否定できないので、これらの諸点をも総合して判断すれば、日港協と関係を有する桜島埠頭及び埠頭興業の行う荷役作業は、全国港湾の行うストライキの効果を減殺し、全国港湾の日港協との団体交渉を不利に導くものであるといわなければならず、その意味では右荷役作業はその実質においてスト破り行為としての一面を有するので、これに対抗するためなされた被告人三名の本件各所為は争議行為に際して行われたものということができる。弁護人は、さらに船主や荷主は単なる港湾を利用する第三者というよりも、実質的に港湾労働者の賃金や労働時間、休日その他各種の労働条件を規定し、これを左右しうる地位にあつて、港湾労働者の真の使用者というべきものであるから、被告人三名の本件各所為はリア号に対する関係でも争議行為に際して行われたものであると主張する。なるほど港湾労働の特質や労使関係の実態からみて、港湾労働者の労働条件のうち船主や荷主の意向と無関係でないものが相当程度存することは否定できず、船主や荷主が港湾労働者の労働条件の決定に一定の影響力を持つていることは認められるけれども、その持つ影響力はいまだ港湾の利用者としてのそれに止まるというべきで、それを越えて使用者と同視できる程度に労働条件の決定に重大な影響力ないし支配力を及ぼしうる地位にあるとまでは認め難い。従つて、被告人三名の本件各所為を直接リア号(の船主、荷主)に対する関係での争議行為に際して行われたものということはできない。ただ、被告人三名の本件各所為は、前示のとおり桜島埠頭及び埠頭興業との関係では争議行為に際して行われたものであるので右各所為のうちリア号さらには宝寿丸に対する行為もまた、争議行為に際して行われた第三者に対する行為として、目的達成の手段方法としての具体的な行為態様としての正当性を有するものであつたかどうかを検討する必要がある。

四  そこで、被告人三名の本件各所為が目的達成の手段方法としての具体的な行為態様としての正当性を有するものであつたかどうかについて検討を進めることとするが、この点は、当該行為の行われた具体的状況その他諸般の事情を考慮に入れ、それが法秩序全体の見地から許容されるべきものであるか否かによつて決すべきもの(最高裁判所大法廷昭和四八年四月二五日判決、刑集二七巻三号四一八頁参照)であるから、これを本件についてみてみることとする。

本件証拠を総合すると、被告人三名の本件各所為に至るまでの経緯として概略次の事実が認められる。すなわち、全国港湾はかねてより港湾に働らく労働者の劣悪な労働条件の改善、向上を図るとともに、近年港湾全般にわたり急速に合理化が進むなかで港湾労働者の雇用と生活の安定を確保するため各種の要求項目を掲げて日港協との間で継続的に団体交渉を重ねてきたこと、右要求項目の一つである港湾労働者の年金問題について、全国港湾と日港協は昭和五〇年一二月に至り「港湾労働者年金制度に関する協定書」を締結し、ここにようやく両者間において年金制度を創設することにつき基本的合意が成立したものの、右年金制度の性格や年金額等をめぐつてその後も意見が対立し、昭和五一年二月一三日全国港湾と日港協の団体交渉が決裂したこと、このため全国港湾では同年三月三〇日から全国の港湾等において数波のストライキを決行するとの闘争方針を決定し、同月二五日ころ日港協その他の関係団体等に対しその旨を告知し、同年四月一〇日始業時からの四八時間ストライキもその中に含まれていたこと、桜島埠頭や埠頭興業も全国港湾の右ストライキについて遅くともその行われる前日までには聞知していたこと、同月九日全国港湾の地方組織である大阪港湾労働組合協議会(以下「大港労協」という)では桜島埠頭から同月一〇日には入港船はない旨の情報を得ていたこと、そこで大港労協では同日のピケツト人員を桜島埠頭及びその下請である埠頭興業の梅町桟橋には配置しなかつたこと、本件以前において港湾運送業者が大港労協の全港ストライキに対しあえて荷役を強行することはなかつたこと、ところが本件全港ストライキの当日である四月一〇日午前九時ころ、被告人北戸義信が梅町桟橋にリア号が接岸しているのを発見したので、桜島埠頭及び埠頭興業が荷役を行うことを危惧して被告人田中春夫らに様子を見に行かせたこと、同被告人及び被告人上地和雄の両名は、同日午前九時三〇分ころ、桜島埠頭の事務所において同社の松岡清忠支配人に面会を求め、当日における同社の荷役作業予定の有無を確認したところ、荷役作業はいつも通り行う旨の回答を得たことから同人に対し当日の全港ストライキの趣旨を説明したうえ、荷役作業の予定を取りやめ右ストライキに協力して欲しい旨要請したものの、同人は港湾労働者の年金問題については反対する意思はないが、桜島埠頭と直接労使関係のない労働組合が荷役の中止を要求するのは筋違いである旨述べて荷役作業は予定どおり行う旨言明したこと、同日午前一〇時ころからリア号の積荷の荷揚作業が桜島埠頭及び埠頭興業の従業員によつて開始されたこと、同日午前一〇時三〇分ころ、右桟橋に到着した被告人北戸義信が同所にいた右松岡に対し再度荷役の中止とストライキの協力を要請するとともに、午前一一時までに態度を決定しないときは一定の行動をとらざるを得ない旨告知したのに対し、同人は「今のまま荷役を続行する。筋の通らない荷役妨害はやめて欲しい」旨返答し、桜島埠頭としては荷役作業を中止する意思のないことを重ねて明らかにしたこと、そして同日午前一一時を過ぎても桜島埠頭及び埠頭興業は荷役を中止しなかつたことの諸事実が認められる。

また、全国港湾と桜島埠頭及び埠頭興業の関係としては、前示のとおり、昭和五一年四月一〇日当時桜島埠頭及び埠頭興業の従業員の中に全国港湾傘下の労働組合に加入している者はいなかつたこと及び昭和四八年ころ埠頭興業の従業員で全国港湾傘下の労働組合である全日本港湾労働組合関西地方本部の組合員であつた者に、埠頭興業が現金を呈示して労働組合からの脱退を求めたことがあつたことの各事実が認められる。

さらに、被告人三名の本件各所為のうちリア号に対する艦船侵入の点に関しては、前示のようにリア号は全国港湾との関係で労使紛争の使用者側当事者ではなかつたこと、しかしながらリア号の船長の権限をもつてすれば、桜島埠頭及び埠頭興業の荷役作業を中止させることも可能であつたことの各事実が認められる。また、具体的状況として次の事実が認められる。すなわち、まずリア号への乗船目的については、検察官は実力で荷役を阻止するためであつたと主張するけれども、リア号に乗船後被告人三名及びその他の組合員が実力で荷役阻止の挙に出た事実はないうえ、リア号の船長に面会を求めて断られ、下船を命ぜられるやこれに従つて下船しているので、この事実に照らせば、リア号への乗船目的は被告人北戸義信が公判廷でいうとおり、船長に面会して、ストライキに協力し、桜島埠頭及び埠頭興業の荷役作業を中止させるよう要求することにあつたと認めるのが相当である。次に、リア号に乗船した人数及び乗船の態様についてみると、約七〇名の組合員が梅町桟橋上をデモ行進したうえ、同日午前一一時すぎころ、リア号の左舷と同桟橋上に架けられたタラツプから一斉に乗船したことは明らかである。被告人北戸義信は公判廷において、組合員らがタラツプから乗船する時リア号の船員から制止らしい制止を受けたことはないと供述するのであるが、司法警察員作成の現場写真撮影報告書や第三回ないし第五回各公判調書中の証人渡辺重孝の各供述部分等によれば、リア号の船員が登つてくる組合員らの前に立ちはだかり、両手でタラツプ両脇のロープをつかんで乗船を制止しているのを組合員らが船員の脇の下をくぐり抜けるなどして突破して乗船したものであることが容易に認められる。さらに、リア号に乗船後の被告人三名及びその他の組合員らの行動についてみると、被告人北戸義信がリア号の一等航海士を通じて船長に面会を求めたが拒否されたこと、その間被告人田中春夫、同上地和雄及びその他の組合員らはリア号の甲板上にたむろしていたが、前述のように荷役作業を実力で阻止するなどの行動には出ていないこと、一等航海士から下船を命ぜられるや、責任者会議を開き下船することを決定したのち、「スト破りをやめよ」などとシユプレヒコールをして、同日午前一一時三〇分ころ全員下船したことの各事実が認められる。

そこで、右に認定した諸事実に加え、さらに証拠上認められるその他の諸事情をも考慮して、被告人三名及びその他の組合員らのリア号に対する乗船が法秩序全体の見地から許容されるべきものかどうかを考えてみるに、リア号への乗船に至るまでの経緯については全国港湾の側にとがめられるべき点は全く見当らないのに対し、桜島埠頭及び埠頭興業は全国港湾を敵視し、これを欺いて荷役を強行したのではないかとの疑いを入れるべき余地があるうえ、全国港湾の全港ストライキに際しては荷役を行わないとの従前の例にも反していたことにもなるので、この点をも考慮すると、桜島埠頭及び埠頭興業側の措置はフエアでないといわれてもやむをえない面があるし、被告人三名らの平和的な荷役中止の要請にも全く応じる気配はなかつたのであり、またリア号への乗船の具体的状況の中でも、被告人らの乗船目的は船長権限をもつて荷役作業を中止させるよう要求するためのものであつて、それ自体は特に不当であるとはいえないし、乗船後の行動にも暴力的言動はもとより特段不隠当な点はなかつたといいうるので、これらの点は右の判断をするうえで被告人三名に有利に斟酌すべき事柄である。しかしながら、リア号(の船主、荷主)は桜島埠頭及び埠頭興業のそのような荷役の実施に結果的には加担していたことにはなるにせよ、労使紛争の当事者ではない第三者であつて、本件証拠上は当初から害意をもつて関与していたとまでは認められないのであるから、これへの乗船は労使紛争の当事者である使用者の施設への立入りと同じには評価できず、その必要性や妥当性は慎重に決すべきであるといわなければならないのであつて、そうだとすると、前述の被告人三名に有利に斟酌すべき事柄を充分念頭においても、リア号への乗船の具体的状況のうち、乗船した人数が約七〇名もの多人数であつた点や乗船の態様がリア号の船員らの制止を突破してのものであつた点で、その必要性、妥当性を認めることは困難であつて、法秩序全体の見地から許容される範囲を逸脱するところがあつたといわざるをえない。従つて、被告人三名の本件各所為のうちリア号に対する艦船侵入の点は、目的達成の手段方法としての具体的な行為態様としての正当性を欠くものである。

次に、被告人三名の本件各所為のうち宝寿丸に対する艦船侵入並びに威力業務妨害の点について検討するに、本件証拠を総合すると具体的状況として次の事実が認められる。すなわち、まず宝寿丸への乗船の目的の中に少くとも桜島埠頭及び埠頭興業の行つている同船への積荷作業をいつたん中止させることが含まれていたこと、宝寿丸に乗船した人数及び乗船の態様は、その場に集結していた組合員約二〇〇名で梅町桟橋上をデモ行進したうえ、同日午前一一時五五分ころ、被告人三名を含む組合員約七〇名が岸壁から一斉に宝寿丸に乗り移つたもので右組合員のうち十数名の者はリア号から積み込まれた工業用塩の上に立つたり、坐り込むなどしたものであつたこと、そしてその結果として、起重機(海上二号機)を操作してリア号から宝寿丸に積荷をしていた埠頭興業の従業員らは同日正午ころ危険を避けるため右起重機の操作を停止するのやむなきに至つて業務を妨害されたことと、一方被告人北戸義信は宝寿丸の船長小田正夫に対し、当日のストライキの趣旨を説明してその協力方を要請したが、同船長はこれを拒否したばかりか腹を立てて、同日正午すぎころ組合員らを乗せたまま離岸発進し、いつたん沖合に出たうえ同日午後零時三〇分ころ元の場所に引き返し着岸したこと、右起重機は、同日午後零時二〇分ころリア号の右舷に付けられたはしけに再び積荷作業を開始するまでの約二〇分間停止していたことの各事実が認められる。

そこで、被告人三名及びその他の組合員らの宝寿丸に対する乗船と桜島埠頭及び埠頭興業の荷役作業に対する妨害とが、法秩序全体の見地から許容されるべきものかどうかを考えてみるに、桜島埠頭及び埠頭興業の荷役の実施には前述のようにフエアでないところがあり、被告人三名らの平和的な荷役中止の要請にも全く応じる気配がなかつたのであるし、宝寿丸はそのような荷役の実施に加担していたことになるのであるけれども、桜島埠頭及び埠頭興業の従業員の中で全国港湾傘下の労働組合に加入している者はいなかつたのであるから、桜島埠頭及び埠頭興業の行う荷役作業を前述のような意味ではスト破り行為といえないではないにしても、直接の雇傭関係の存する労使の争議でのスト破り行為と完全に同視することはできないので、その行う業務に対し説得のため制止しうる必要かつ適切な限度も同様な程度までは認められないというべきであるし、また宝寿丸(の船主)も労使紛争の当事者ではない第三者であるから、これへの乗船は労使紛争の当事者である使用者への施設の立入りと同じには評価できず、かの必要性や妥当性は慎重に決すべきであるといわなければならないのであつて、そうだとすると、前述の被告人三名に有利に斟酌すべき事柄を考慮し、宝寿丸に対する乗船並びに桜島埠頭及び埠頭興業の荷役作業に対する妨害とが、被告人北戸義信の供述するとおり、説得の機会を確保するためのものであつたとしても、宝寿丸への乗船並びに荷役作業妨害の具体的状況のうち、乗船した人数が約七〇名もの多人数であつた点や一部の組合員の乗船した場所が積荷中の工業用塩の上であつた点、その結果桜島埠頭及び埠頭興業の起重機(海上二号機)を用いての荷役作業が別のはしけに向けて再開されるまで約二〇分間に亘つて妨害された点などに徴すると、宝寿丸に対する乗船の必要性、妥当性を認めることはできず、また桜島埠頭及び埠頭興業の荷役作業に対する妨害を説得のため制止しうる必要かつ適切な限度のものであつたということも困難であつて、いずれも法秩序全体の見地から許容される範囲を逸脱したものといわなければならない。従つて、被告人三名の本件各所為のうち宝寿丸に対する艦船侵入並びに威力業務妨害の点は、いずれも目的達成の手段方法としての具体的な行為態様としての正当性を欠くものである。

五  以上のとおりであつて、被告人三名の本件各所為は、いずれも労働組合法一条二項により正当な行為として違法性を阻却されるべきものではないので、弁護人の主張は採用することができない。

(量刑の事情)

本件は、全国港湾の港湾労働者に対する年金制度の早期実現を要求するいわゆる年金闘争の一環として行われた大阪港における全港ストライキに参加していた被告人三名が、右ストライキの当日港湾業者らのなかで桜島埠頭と埠頭興業のみが荷役作業を行つたことから、これをスト破り行為であるとして、他の組合員約七〇名と意思を相通じて荷役作業中のリア号及び宝寿丸に侵入し、桜島埠頭及び埠頭興業の荷役業務を妨害したという事案であつて、集団の力を背景にし実力に訴えてストライキに協力させようとしたものであり、各艦船侵入は、その人数や態様の点で艦船の平穏を害するところが小さくないといわざるをえないし、業務妨害の手段も決して弱いものではないと認められるけれども、リア号に対する侵入は、目的自体としてはストへの協力要求に止まり、侵入後の行動に暴力的なところはなく、下船命令にも従つており、結局リア号船上に滞留していた時間は三〇分に満たず、その間同船上での荷役業務には全く支障がなかつたのであり、宝寿丸に対する侵入も、その結果約二〇分程度荷役業務の一部が停止し、作業手順等に若干の狂いが生じたけれども、その実害もさして大きくなかつたと認められるうえ、桜島埠頭及び埠頭興業は、入港予定はないと組合員らを欺いてスト破り行為としての性格を持つ荷役を強行した疑いがあり、これが本件を誘発した一因となつているともいいうるので、これらの点をすべて考慮に入れると、被告人三名の本件各犯行は正当な行為とはいえないにしても、一方的に強い非難を加えられるべきものとは認められない。

そこで、以上述べたような、本件各犯行の動機、目的、態様、実害の程度、犯行に至る経緯に加え、社会に与えた影響、被告人三名の労働組合内部における地位、本件各犯行において被告人三名の果した役割、被告人三名の年齢や身分関係、その他諸般の事情を総合的に考慮し、被告人三名に対し、所定刑中いずれも罰金刑を選択したうえ、それぞれ主文の刑を量定した。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 野間禮二 森岡安廣 板垣千里)

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